ブログは、自分たちのもの

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「ネット原住民」という言葉に惹かれて、次の記事を読んだ。

BlueskyやThreadsに受け継がれたネット原住民の叡智
少し前にBlueskyを眺めていて、マイク・マズニックが「ガチギレしてごめん。我慢ならなかった」と自身が運営するTechdirtの記事を告知する投稿をみて、相変わらず意気盛んだなと微笑ましく思った話から今回は始めたいと思います。

私も、もともとはインターネット出現前夜のパソコン通信時代から生きている人間なので、この記事の主人公同様、ネット原住民、もしくは日本的に言うと「インターネット老人会」に(気持ち的に、勝手に)所属している。

インターネットが登場した頃、個人がウェブログで世界に向けて情報発信できるなんて!と、バラ色の未来を想像していたが、どうも最近はそうでもない。

X(旧Twitter)やFacebook、YouTube等のプラットフォーマーが勢力を拡大していくにつれ、パソコンの画面の向こうで情報を得る人たちは、ブログではなく、SNSプラットフォーマーに移っていった。

情報が中央集権化していくと、少人数であっても声の大きな人たちが、あたかも世論を代表しているかのような流れになってきてしまい、いろいろと問題も噴出している。正直、画面上で見ず知らずの人たちが喧嘩しているのが目に入ってきてしまうのはうんざりだ。

上述の記事でも「プラットフォームよりもプロトコルを」と書かれてあり、私も同様のことを感じていたので、随分と納得した。

巨大なIT企業が中央集権的に情報をコントロールするよりも、プロトコル上で個人個人がそれぞれ情報発信したりつながったりするほうが健康的ではないか。

そのときに、プロトコル(ActivityPub(MastodonやMisskey.io等)やAT Protocol(Bluesky))で動いているSNSもいいと思うし、先祖返りではないが、個人の手作りブログに回帰していったらいいんじゃないかと考えている。

昔は、個人ブログ同士でつながって(ブログロールなどがあって)、和気藹々としてたよなあ、と老人の戯れ言がつい口を突いて出てきてしまう。

最近は、WordPressでブログを作れば、ActivityPubプラグインを入れて、fediverse上から直接ブログを読むこともできるし、MastodonやMisskey.ioのユーザーとつながることもできる。

SNSのアカウントがなくても、自分のブログさえあればいいんじゃないか、という気にもなっている。

最近は、個人ブログやしずかなインターネット、noteのお気に入りクリエイターをRSSフィードに登録して読んでいる。心穏やかに集中して読めるので、非常に気に入っている。まさか2020年代中盤になってRSSリーダーをまた使い始めるとは思わなかったけど!

亜紀書房 - 今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由
亜紀書房刊行の書籍の紹介。社会問題を扱う書籍からビジネス書、実用書を発行する出版社。

上述の記事で紹介されていたこの書籍に興味があり、図書館を探ると、貸し出し可能となっていたので、早速予約し、週末には読む予定だ。

思想としてのインターネットとネット原住民のたそがれ
少し前に、人気ポッドキャストの Rebuild で、伊藤直也さんが川上量生氏の『鈴木さんにも分かるネットの未来』を紹介しているくだりが面白かったので、長くなりますが文字起こししてみます。

ワインバーガーはブログが「自分たちのもの」だったのに対して、Facebook は「奴らのもの」であることを強調し、もはや現在では Facebook のほうが昔風のブログよりも「インターネットのプロトタイプ」であることを認めながらも、その事実に反発してしまう自分が惨めな年寄りに見えるだろうが、笑えば笑え! と自虐的に開き直ります。

https://wirelesswire.jp/2015/07/44145/

そう、「ブログは自分たちのもの」なんだ。

私も自分でコントロールできるブログを「自分の居場所」としたい。

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